店長が横領の罪を被せられた!? パチンコホールの裏事情(その3)

シリーズ名
現役ホールマネージャーだけど、なんか聞きたいことある? (毎週日曜日更新)
話数
第32回
著者
アタマキタ
地道に積み上げてきた日々が無に帰そうとしている。丹念に磨き上げてきたつもりの人間関係が一瞬にして崩壊しようとしている。自分が理想を追い求めてきたこの場所は、砂の城にすぎなかったのか…。

降ってわいたような現実を受け止めきれず、食事も喉を通らない。こんな気持ちになったのは生まれて初めてで、それぐらい予想もしない事態であった。

それにしても、社長は何を考えているのだろう? 経理のことしか分からない人間を営業本部長にしてやるなどと焚き付け、秘密裡に俺の不正について裏取りを進めるなんていうやり方は尋常ではない。そんな回りくどいことなどせず、俺を呼び出して問い質せば済む話ではないか。

しかし、いくら問い続けても答えは返ってこない。次第に現実という重みに耐えられなくなっていく。

「もう受け入れるしかないんだろうな…」

長くつらすぎる一日が、漆黒の闇の中を彷徨いながら終わろうとしている…。



翌日の夕方のこと。自分に対する処遇が決定したようで、「今から店に来い」と社長から呼び出しがかかった。

俺はすぐに支度を済ませて30分ほどで店に着いたのだが、前日に鍵を取り上げられているので事務所に入ることができない。たまたま通りかかった役職者を呼んでどうにか中に入れたが、『鍵を開けて事務所に入る』という、昨日まで当たり前だったことが今ではもう特別なことになってしまっている。そんな些細な変化がさらに自分の心を暗くさせていく。


事務所に入ると、社長以外にもう一人、社長の息子である次長が待っていた。

彼らに促されて席に着くと、そこからは耐え難い尋問がひたすらに続く。しかし途中からはどうでもよくなってきてしまった。自分と一切関わりがないばかりか初めて聞いたような話、根拠のない噂レベルのものまですべてが自分の責任だと糾弾されていったからだ。これでは弁解するのが馬鹿らしくなる。

まあ多少の無茶をしてきたのは確かだし、叩けば埃くらいは出る身だ。俺に一切責任がないとは言えないだろう。指摘された多くについては身に覚えのないことだったし、そうじゃない部分についても随分と見解にズレがあったが、それは自分の至らなさだったり未熟な部分が招いたものである。そこは自分の非を認めざるをえまい。

ただし一つだけ言わせてもらえば、それらは全て、働くスタッフや出入り業者、何より来店して下さるお客様を守るためにやったことだ。会社に損害を与えるようなこと、ましてや自分を利するための行ないは誓って何一つない。しかしこの状況でそれを訴える意味は…ないだろう。

そうなると自分自身の関心は別のところに移っていく。今回の件を利用して社長は何がしたかったのか? 社長の本意を知りたかった。なぜそこまでしてこの俺を切ろうとするのか。真意を聞き出すべくその方面へ舵を切ろうとするのだが、なかなかそこには辿り着けないでいた。


その後もしばらく尋問が続いたが、ある時、誰かが事務所のドアをノックする。一旦話を中断し、ドアを開けると、そこには経理部長が立っていた。

「失礼します。専務、お電話が入っております」

ん? 今なんて言った? 専務だと!?

すると次長がおもむろに席を立ち、事務所を出て行った。昨日まで次長だったはずだが、なぜ専務と呼ばれているんだ?

そうか…社長は転向したのか! それを悟った瞬間、俺は社長に噛みついていた。

「社長。次長は専務になられたんですか? 世襲させるつもりですか!」

「仕方ないだろ…。銀行関係がそうしろと言うんだから」

この言葉はとうてい俺には受け入れられないものだった。



時はさかのぼり、俺がこの会社に入社した頃のこと。俺はそれまで働いていた会社が、二代目が後を継いだことで崩壊していくのを目の当たりにしていたため、跡継ぎの難しさについて社長とよく話していた。

「パチンコ店の経営者は自分の会社を私物化しすぎる。10年経ったら会社などは自分のものではないのだ。二代目が出てくれば絶対におかしくなる。俺の会社は実力のあるものを引き上げていこうと考えている」

この時の社長の決意は本物だったはず。というのも、この社長自身がその問題点と理不尽さについて骨身にしみて感じてきたからだ。

社長は以前働いていた会社で叩き上げから専務まで務めている。しかし、社長の息子が出てくるなり会社内は混迷を深めていった。その後も暴走は止まらず、その独善的な姿勢に幻滅して辞めてきたのだ。

そんな苦い経験を知っていたから、『二代目が出てくれば絶対におかしくなる』という言葉にはリアリティがあったし、社長の言葉はすんなりと信じられた。もちろん自分の息子に後を託すこと自体は悪いことではないだろう。上に立つ資質と覚悟あれば、それは有力な選択肢には違いない。会社とお客様を守っていけるような人物であれば。だが…。



この二代目、俺より年は6歳ほど若かった。なかなかのイケメンで、控えめな良い男である。大手パチンコ企業に就職して修行を重ねたあと、数年前にこの会社に入社している。そこで次長というポストを与えられ、俺の部下として働いていた。

仕事上のスキルはまだまだ足りていなかったが、それは今後の経験でカバーできるだろうと楽観視していた。しかしどうにもメンタル面の弱さが目についてしまう。そのせいもあって、店長に付いての見習いの日々からなかなか抜け出せずにいたのである。


そんな彼が、ある店舗のグランドオープンの責任者となった。社長の期待も高く、ここはどうしても成功させてやりたいと思い、俺は彼を精一杯応援しながらオープン初日まで支えていった。

その甲斐あって…と言いたいところだが、店舗はお客様で賑わっていたものの致命的なミスがいくつも発生してしまうのである。しかし起こってしまったものは仕方がない。とにかく翌日のオープンまでにこの問題に対処して挽回していかなければならない。

ただし、その指揮を執るべき人間は最後まで現れない。それどころか、何度携帯を鳴らそうが彼がそれに応答することはなかった。俺はこのままではラチがあかないと思い、ひとまず初日の客入りと致命的なミスについて直接社長に報告を入れざるをえなくなってしまう。


その後、そのトラブル対処について話し合おうと社長の元に向かったのだが、そこで目にしたのは…徹底的に社長に叱責される次長の姿だった。

次長は俺と入れ替わりに社長室を出てしまったので、そこでの話はできなかった。しかしこんなことでへこたれてもらっては困るし、自分のフォローの役割もあるため、しっかりと話をする必要がある。そう思い、社長との面談を手短に済ませてすぐに彼のあとを追った。すると…次長は駐車場の片隅で泣いているではないか。俺はここまでメンタル的に弱いのかとびっくりしたものだが、まだ経験も浅く仕方ない部分もあったのかもしれない。

「今日のところはもう帰った方がいい。明日もう一度気持ちを切り替えて一緒に頑張ろうよ」

「すみません…」

消え入りそうな声だった。

その時から約一年半、彼の姿を見ることはなかった…。

ちなみに、後にETCの履歴から彼の行方が判明するのだが、石川県を最後に足取りが途切れている。


この尻拭いとして翌日から4店舗の責任者となった俺は、まさに身を粉にして働くことになる。昼過ぎの15時には出勤。各店舗の店長と営業戦略などについてミーティングを持ったり、機械を見に行ったり、出入り業者との打ち合わせをしたりなど、営業時間中もひっきりなしに仕事が沸いてくる。

閉店後は自分の担当していた2店舗の調整と設定を済ませると県外へ移動。この時点で早朝4時を回っているが、そこから次長が投げ出した2店舗の調整と設定を管理しなければならない。全てが終わるのはオープン目前の朝8時頃になる。そこから朝食を済ませ、家に帰れるのは早くても11時。そんなルーティンであったため、睡眠時間は3時間あれば良い方だった。


そんな激闘の日々が1年と半年も続いたのである。そんなところにひょっこりと次長が姿を現した。俺の気持ちは複雑だったが、とにかく早く仕事を任せられるように一から鍛え直えさなければならないと思い、すぐに次長を呼び出した。しかしここで社長からストップが入る。

「あいつはしばらく現場の仕事をやらせるのは無理だから、俺の方の仕事の雑用をやらせる」

結局、彼が現場に戻ってくることはなかった。


彼が復帰して一カ月が経過しようしていた。そんな時に降ってわいたのが、この『横領事件』である。

あれだけ息子をこき下ろしていた社長だが、やはり子供のことが可愛いのだろう。戻って来た時から気持ちは決まっていたのかもしれない。何にせよ、俺は彼らの世襲人事のためにあっさりと会社から梯子を外された格好になった。

後から聞いた話だが、次長から専務への昇進は、俺が鍵を取り上げられたその日の夕方に行なわれていたということだった。



もう話すこともないだろう。俺はゆっくりと席を立ち、社長にこう告げた。

「今まで色々とご指導を賜りまして本当にありがとうございました。成長の機会を与えて頂いたことには心より感謝しております。ただ…最後に一言だけ言わせてください」

社長は黙って聞いている。

「この会社に人生のすべてを賭けてきましたし、常に会社と店のことを考えて行動してきたという自負があります。そして誰よりも…社長以上にこの店を愛してきたのは自分だと思ってます。それだけは知っておいてもらいたいです。お疲れ様でした」

事務所を出るととめどなく涙が溢れてきた。


「終わる時ってこんなもんなんだな…」

そうひとりごちてはみたものの、濃厚な10年の記憶はこんな簡単な言葉では済ますことのできない時間と思い出に彩られている。

しかし終わってしまったものは仕方がない。前を向いて生きていくしかないのだ。

それから3週間後には、俺は次のホールで責任者となっていた。



いまも現役の責任者として、楽しくもあり辛くもある毎日を過ごしているが、この会社でも突然終わりの日はやって来るかも知れない。ただ、もし最後を迎えたとしても、

「誰よりもこの店を愛し、お客様を愛し、スタッフや出入り業者を愛しています」

そう言える日が来るならば幸せだと思い、日々奮闘を続けている。
(終)



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