わずか3ヶ月でパチスロ生活終了!その実戦内容とは?

シリーズ名
MISSION〜編集部からのむちゃブリ〜 (毎週月曜日更新)
話数
第29回
著者
大和
※2016年夏の特別企画「人生最大の大勝負」というテーマで書いています

今から12年くらい前のこと。5年かけて大学を卒業し、大学時代にハマったパチスロに関わる仕事に就きたいという思いから、パチンコ・パチスロ関係の仕事に就きました。

ただその仕事を続けていく中で、今度はパチスロで生計を立ててみたいと思うように。その気持ちは日に日に大きくなり、遂に仕事を辞めてパチスロで生活することを決意します。

当時は4号機の秘宝伝が登場した頃で、ストック機全盛期。今よりも立ち回りやすかったですし、最低限のことをきっちりこなせばパチスロで生活することは難しくないだろうという思いもありました。

ということで、30万ちょいの貯金を持って、パチスロ生活をスタートさせます。


今は生まれ育った地元である新宿に住んでいる(実家)のですが、この時期にちょうど家の建て直しをするということもあって、他の街に引っ越したんですよね。

で、自分の新しい人生はどんな街でスタートするのか、というか引っ越し先にはどんなホールがあるのか、かなりワクワクしていました。

ところがいざ引っ越し先に着いてみてビックリ。都内なのに駅前はおろか、徒歩20分圏内にホールが1つもないところだったのです(現在は駅前に1店舗あります)。

そんな状況だったので、まずは最寄駅から通える範囲でホール探しをするところからスタートしました。引っ越していなければホールに困ることはなかったんですけどね…。今でこそだいぶ減りましたが、当時の新宿はホールがかなりありましたから。

探し回った結果、最寄駅の隣の駅、新しい家から徒歩25分の距離に優良ホール密集地帯を発見。まずはここを主戦場にすることにしました。こうしてパチスロ生活の幕が開きます。


当時のホールのラインナップですが、爆裂機に規制が入ったこともあり、5万枚とか出るような機種は撤去されていましたが、それでも2万枚くらい出る台ならまだまだあったような気がします。

そんな中、高設定の投入率、スペック、設定看破など、全てを踏まえたうえで、最も使えそうだなと思ったのが冒頭にも出てきた秘宝伝でした。ホールの状況からして、3日に2日はどこかのホールで設定6をツモれるだろうな…っていうくらい、手応えがありましたからね。


で、念入りに状況をチェックし、パチスロ生活をスタートすると、初日は秘宝伝で設定6をツモ。2日目は別のホールで仲間2人とノリ打ちして、全員が秘宝伝の設定6をツモ。3日目はまた別のホールで昼過ぎから秘宝伝の設定6をツモ…と100点満点の内容。

ただ収支の方はというと、初日は6万5000円負け。2日目は自分の台のみ4000枚オーバーを叩き出すも、他の2人が不発で1人頭+1万円弱。3日目はまさかの11万7000円負け…。手応えとは全く逆の結果となってしまったのです。


それ以降も秘宝伝をメインに打ち続け、相変わらず結構な頻度で設定6をツモれていました。もちろんツモれずに負ける日もありましたが、おそらくこれまでの人生で最も設定6を打っていた時期だと思います。

しかし、相変わらず結果がついてこない…。貯金がみるみるうちに減っていき、この生活を始めて3週間後にはあと1回負けたらクビをくくるしかない…といったら大袈裟ですが、それに近いところまで追い込まれていました。


パチスロ生活最後になるかもしれない日、その日は狙い台を1台に絞りきった秘宝伝で勝負することにしました。

この日は、この前ノリ打ちした仲間もちょうど来ていて、「他にも候補の台があるからノリ打ちするか?」と誘ってくれたのですが、最後になるかもしれない実戦だったのでその誘いを断り、1人で挑むことにしました。


選んだ台が設定6だという自信はかなりあったのですが、その狙いがハズれていればほぼゲームオーバー。

「せめて狙い台が設定6であってください!」

自分が人生で1番、神頼みをしたのはこの時だったでしょうね。

打ち始めると、昼過ぎまで完璧な設定6挙動、そして昼の2時には設定6確定札が刺さりました。

「神様…本当にありがとう!」

そんな風に心の中で呟いたことを今でも覚えています。しかし、途中で別な神様に入れ替わってしまったのでしょうか。ええ、貧乏神に…。


ある時を境にREG地獄、そして高確率スルー状態に突入し、前半で稼いだ出玉はみるみるうちに減少。そして夜9時、ついに出玉は消滅。そこから泣きながら追加投資をするハメに。

そして夜9時30分、最後の1000円がなくなり、パチスロ生活はわずか3週間で幕を下ろしました。

先述した通り、この頃は設定6はツモれていたので、結果が出ていたか、もしくは貯金がもっとあったなら、また違った人生になっていたかもしれませんね。


それから数年間は普通に働き、そして2回目のパチスロ生活を経て今の仕事に就いています。その時の話をこうやって話すことができたというだけでも、あの時の経験は無駄ではなかったと思えます。

ただ1つだけ悔いてることがあるとすれば、あの日誘われたノリ打ちを断ったことですかね。2人合わせて3万5000枚も出していたので…。

その2人とはもう10年くらい会っていませんが、久々に飲みにでも誘って、あの日の分をノリ打ちにしてくれないかお願いしてみようと思います(笑)。