4号機時代に起きた伝説の3日間とは!?

シリーズ名
F山科の自堕落な日々 (毎週金曜日更新)
話数
第26回
著者
F山科
※2016年夏の特別企画「人生最大の大勝負」というテーマで書いています

お盆期間中は全てのコラムが「大勝負」に関わる内容で統一されているということらしいので、昔の機種の話をさせていただきます。

自分は4号機初期からパチスロを打ち始めたのですが、これまでに万枚を達成した機種は5つあります。

[1] 爆裂王(アリストクラート)
[2] アラジンA(サミー)
[3] スーパーブラックジャック(ネット)
[4] 押忍!番長2(大都技研)
[5] マジカルハロウィン4(KPE)


爆裂王はBIGの固まった連チャン、SBJは777GのスーパーSTを2回、番長2は超番長×3回かつ設定6、マジハロ4は中段チェリーから一気に万枚…という流れでした。

この5機種の中で、最も枚数が多いのはアラジンA…今回はその時のお話になります。


実戦日の前日。制作に関わっていた攻略誌が徹夜で校了(=編集作業が完了)し、寝ればいいのにも関わらず朝から何を打とうか、と雑談をしている時だった。

ぶちょ〜(※役職ではなくあだ名)から「某ホールの優先入場券的なモノを使わないか?」と相談を持ちかけられる。なんでも赤・青・緑の色のチケットが存在し、当日の朝にサイコロを振って色ごとに入る順番が決まるという。

ぶちょ〜が自ら打たない理由は、当日近辺のホールでの取材が入っているかららしく、打てないから代わりに…ということだった。

そのチケットをもらって、ぶちょ〜から「勝ったら1割ちょうだいね」と冗談交じりに言われる。まあ、4万ぐらい勝ったら4千円ぐらい小遣いみたいな感じでくれというノリだったのだろう。


当時は4号機のAT機がホールの看板機種だった時代。サラリーマン金太郎から始まった押し順消化のAT機が人気を集めており、その中の一つにサミーの「アラジンA」が存在した。

アラジンAはサミーの伝統とも言えるシリーズ機で、集中であった「アラジンチャンス」が、4号機のAT機として再現されたモノだった。

通常時はシングルボーナスが高確率で成立しているのだが、それらは変則押しをしない限り基本的に揃わない(通常時の変則押しはペナルティ)。しかし、AT「アラジンチャンス(AC)」に入ると、シングル→15枚役の押し順を完全ナビすることでとてつもない出玉速度を実現していたのだ。

ACは10G消化で終了するのが基本だが、ACは集中状態のようなモノで管理されており、この状態に滞在し続けている限りは、高確率でACが発動し続ける。この状態は複数存在し、ロングの状態になればACの大連チャンに期待でき、大量出玉獲得も視野に入る…と。その破壊力は現状の5号機とは比べモノになりません。


さて、当時の実戦の話。ぶちょ〜から受け取ったチケットで見事なまでに最初の入場の権利を獲得し、早めにホールへ入場できることに。

狙い台は件のアラジンAだ。普段は怖くて朝から打っていなかったのだが、店の状況的にも勝負に出ることにした。それに朝イチは集中状態に入っている可能性もあるし。

アラジンAは高設定の場合、完全ハズレである「単チェリー」を引いた時のAC状態移行率が高くなる。要するに、高設定であるほど単純にACの初当たりが近くなるワケだ。

おそらくは高設定だったのだろう、その日のアラジンAは、とにかくACによく入った。そして、実戦を開始してから、1時間半経ったあたりで大きな事件が発生する。




AC中の完全ハズレ。

コレを引くと、リール右側のドットに宝箱が出現する。この時、何の抽選が行なわれているのかというと、スーパーアラジンチャンス(SAC)の突入抽選をしている。

SACはAC終了後に発動し、ACと異なり10G消化で終わるワケではない。継続ゲーム数が振り分けで決まるので、場合によってはとんでもないゲーム数を獲得することがある。なお、最大継続ゲーム数は5000Gであり、もし選択された場合は全て消化できれば「5万枚以上」が約束される。等価なら百万。ミリオンである。

まあ、SACも10Gで終わることが多く、10Gを超えても30Gや50G、そして100Gまでの振り分けが濃い。逆を言えば、100Gを超えると振り分けの関係でどこまでいくのかわからなくなる…。


そう、先ほどのAC中完全ハズレは、このSACに突入したのだ。最初は自分で消化ゲーム数を数えていて、10Gを超えた瞬間にテンション爆上げ。そして100Gを超えた時に「ヤバい…これ…」と怖くなる自分がいた。振り分け自体は把握していたので。

未体験だった100G超えのSAC…結果、そのSACはおそらく「1000G継続」だったと思われる。とにかく終わらなかった。その間にも完全ハズレによるSACのストック抽選があり、さらにBIGとREGによる出玉の上乗せもある。

結果、昼の2時あたりで既に万枚を突破していた。途中で様子を見に来たぶちょ〜は完全に呆気にとられていた。彼は千枚とか二千枚を考えていたと思うのだが、まさか万枚とは…夢にも思わなかったことだろう。

自分の台はAC集中状態も続いていたので、昼飯の誘いを断ってとにかくブン回すことにする。結果、終日打って当たったAC回数は90回を超えた。そして獲得枚数は…







23000枚超え。

投資が少ないうえに等価だったので…うろ覚えではあるが、その日は"46万円"勝ったハズ。パチンコを覚えたての時に『ゴリコップ』という台で10万勝った時も怖かったが、その時の比ではない。

しかも地元ではなく遠出をしているので、景品の換金所すらわからない。197枚という大量の景品を両手で抱えてウロウロしていると、襲われるんじゃないか…本気で怖かった。

結局、店員さんに換金所を聞くと「ああ、じゃあ一緒に付いていきますよ!」と言ってくれた。あの時の男性店員さんは超イケメンだったと記憶している。それぐらい頼もしい存在だった。
※厳密には店員が換金所を教えるのはNGだが。

あまりにも大量の景品があったので、扉を開けて引き取ってもらうしかなかった。そして46人の福澤諭吉を受け取った後、猛ダッシュで駅まで向かう。わき腹を猛烈に痛めながら。


これが自分のパチ・スロ人生で最も大きい勝ち額である。なお、冒頭で述べたぶちょ〜の「一割」はしっかり払いました。まさか46000円も払うことになるとは思いませんでしたがね。

ちなみに、次の日は初代ミリオンゴッドでGODを2回引いて16万勝ち、その次の日は初代スーパービンゴで333を引いた後にサラリーマン金太郎で「BIGの連チャンのみ」で合計10万勝ち。三日間で70万プラス。自分の中では伝説の三日間となっている。


こうして振り返ってみても、4号機時代は相当ヤバかったのではないかと思う。投資と回収のレベルが今とは段違いで、正直「娯楽」の範囲を超えていたのだろう。そりゃ、規制されてもしょうがないとは思いますね…。

とはいえ、規制でがんじがらめになっても先行きは暗いので、今後メーカー側が新たな道を開いてくれることを期待したい。ノーマルタイプはジャグラーだけでなく色々な機種が頑張っているワケだし。

他の人も言っていると思うが、4号機から5号機に移行した時に比べれば、5.9号機への移行はそこまでキツくはないハズである。後ろ向きではなく、前向きに行きましょう。パチスロが好きなのであれば。



【お詫びと訂正】
当コラムにおいて、「AC・SACの継続はナビ回数で管理されている」と記載しておりましたが、正しくは「ゲーム数管理」になります。

ここにお詫びするとともに訂正いたします。