パチスロライターになるためにはファーストインプレッションが大事!?

シリーズ名
あさってにむかって打て! (毎週水曜日更新)
話数
第22回
著者
思い返せば、ココが勝負ドコロ! と感じる局面は、36年も生きてくれば少なからずありますが…やっぱりアタクシの人生を大きく変えた最大の勝負ドコロは、パチスロライターへの門を叩いた時だと思います。

当時25歳だったアタクシは、漫画誌・パチスロ7の「ライター募集要項」を見て、焦燥の念に駆られておりました。

なぜなら、当時の募集要項には、

『年齢は25歳まで』

という条件が、ハッキリと明記されていたからです。


19歳の時、生まれて初めて購入したパチスロ雑誌がパチスロ7。そこに第1話が掲載されていた「やんちゃブギ」を読んで、初めてその存在を知り、憧れを抱いたパチスロライターという職業。

「いつかは自分も挑戦してみたい!」

その時にそうした想いを強く抱きながらも、いまよりも若くて遥かに未熟な人間であったアタクシは、決断と挑戦を先延ばしにして無為な日々を過ごしておりました。

その代償が、この「年齢制限」という最後通告。

「なんでもっと早く挑戦しなかったんだっ………! 俺のバカっ………!」

自堕落な自分を責めに責めたのは言うまでもありません。


ただ、いつまでも後悔をしているヒマすらアタクシにはありません。なんせこの時点で、25歳でいられる期間はあと7ヶ月程度しか残っていなかったからです。この機会を逃すと次にいつ募集が掛かるかも分からず、そのチャンスを待っている間に、アタクシが26歳のバースデーを迎えてしまう可能性も十分にあったのです。

「このワンチャンスに全てを賭けるしかないっ………!」

ケツに思いっきり引火したことで、ようやく決意を新たにできたアタクシは、自堕落な自分を一転。一点突破を目指すべく、様々な思考を巡らせつつ行動を起こし始めました。


まず最初に考えたのは、

「どうしたら編集部の方に強烈なファーストインプレッションを与えられるか?」

でした。

当時は、いまのように随時パチスロライターを募集していたワケではなく(他誌については分かりませんが)、不定期で募集が掛かる感じだったので、1回の応募に対してアタクシのようにパチスロライターを志す人間が多数詰めかけることが予想されます(実際に、アタクシが応募したときも総数で100通近くの履歴書が送られてきたそうです)。そんな中、どうすれば履歴書をまずはしっかりと手に取って頂けるか…?


アタクシは、ない知恵を絞り一所懸命に考えました。

そこで捻り出したアイデアが、

「送付する写真を、ホストとかホステスの方が宣材写真を撮る写真館で撮ってもらおう!」

というものでした。

いま考えると恥ずかしいほどに安直な結論ではありますが(苦笑)、編集部員の方が封筒を開けたときに、同封されたバストアップの写真が「デカッ!」ってなったら、インパクトがあるんじゃないかな? ということを、当時の五十嵐青年は真面目に考えたワケであります。


そして、思い立ったら吉日! ということで、すぐに新宿の写真館を調べて、写真を撮影して頂きに参りました。一張羅のスーツを着て。

すると…

「Vシネマのオーディション用ですか?」

とカメラマンさんに真面目な顔で問われるほど、とてもパチスロライターの応募用とは思えない、インパクト大でサイズも大な応募用写真を手にすることができたのです。


さて、同封用の写真を用意したあとは、すぐさま肝心要の履歴書作成に取り掛かります。ちなみに、履歴書に関しては奇策を弄せず、とにかく一字一句丁寧に、それでも誤字・脱字が生まれてしまった場合はイチから書き直す…という、アタクシらしくないマメさも存分に発揮して、最後まで真剣に書き上げました。

写真で十分にふざけた(?)ぶん、履歴書では「こう見えて、実は真面目な男ですよ」という側面も、アピールしようと考えたワケです。

ただ…所持している資格を記入しなければならない箇所に関しては、あまりにも書くことがなさすぎたため、

「キャバクラ3級」

ということを、ちょっとしたネタとして書こうかどうか本気で迷ったのはココだけの話にしておいてください。


結局、履歴書でまでふざける勇気はなく記入はしなかったのですが…いま思えば、ソレで良かったと本気で思っております。

なぜなら、それは勇気ではなく、完全に「蛮勇」だと思うんですよね! 勢いだけでなんでもすりゃ良いってもんじゃないんだぞ、五十嵐青年(苦笑)。



さて。写真も用意した。履歴書も自分なりに綺麗に書き上げた。いよいよ準備も万端に…となってきていたアタクシでしたが、最後にして最大の難関がまだ1つ残っておりました。それが、「作文作成」です。

作文なんて中学生以来、まともに書いていなかったですし、コレには本当に苦労しました。書き上げるまでに何度も挫折しそうになりました。そして、自分がいかに「面白いことが書けない人間か」ということも、嫌と言うほど思い知りました。まあ、それはいまでも日々、思い知らされている真実ではありますけども(苦笑)。

でも、コレが最後のチャンスかもしれないから、中学生の頃は尻尾を巻いて逃げ出していた「作文」という目の前のモンスターから逃げ出さずにとにかく最後までやり遂げたい! ココでも「時間的猶予の無さ」が、アタクシの心をギリギリのところで折らずに支えてくれました。


ちなみに、この時の作文は『私の武器』というテーマのもと、400字詰め原稿用紙1枚を書き上げなければならないものだったのですが、それに対して生まれた挫折しそうになるほどの苦悩が、最終的にアタクシを良い意味で開き直らせてくれたことも、災い転じて福と為してくれたようです。

『だってアタシ、よくよく考えたら武器なんて1つも持ち合わせていないもの』

この頃は、いまと違ってパチスロで安定して勝てていましたけど、アタクシより立ち回りも、目押しも、上手い人は世の中にゴマンといらっしゃるし。

文才も、400字詰め原稿用紙1枚分の文章と一昼夜かけて格闘を繰り広げても、結果一行も進まないほどのモノしか持ち合わせていないし。

ビジュアルだって、前職の従業員に「イガラシサンハニホンデハモテナイデショ? デモ、フィリピンイケバダイジョブネ。ダッテ、ムナゲサエハエテレバダイタイダイジョブダカラ」と評されたほどの見た目だし。

だから、「アタクシには武器なんてなーんもないんです。でも、やる気だけは掃いて捨てるほどありますっ!」という、素直な気持ちを1枚の原稿用紙につらつらと綴ることになりました。


この機会に改めて自分をまじまじと真剣に見つめ直したことで…半ばヤケになったんですね(苦笑)。いま思えば、よくまあ「やっぱり自分には無理っぽい…」と思い直さずに、履歴書を送ることができたものです。そこは若さゆえ…の勢いでしたが、兎にも角にも、そんなアタシがいまさら自分を大きく見せようとしたって意味がない。カッコつけても仕方がない。そう、良い意味で開き直れたのです。

そうしたら、それまで苦戦していたのが嘘のように、一気に筆が進みました。そして、幾度も幾度も推敲を重ねて、ようやく自分なりに納得のいく作文を書き上げることができたのです。

こうして、アタクシは3つの手札を郵便ポストにBETして、人生最大の大勝負へとその身を投じました。

すると、それら3つが意外にもガッチリとカタにハマって、その勝負に奇跡的に勝つことになって、いまもパチスロライターという道を歩んでいます。


つい先日、アタクシを採用してくれたパチスロ7の元編集長と、久々に一献交わす機会に恵まれたのですが、

[1]まず、同封された写真を見て「変なヤツが履歴書を送ってきたな」と真っ先に目についた

[2]変なヤツだと思ったら、意外にも履歴書の真面目な内容を見て、ちゃんと仕事ができるヤツかも…と評価が良い方向に変わった

[3]みんなが作文でパチスロについてのアピールをするなか、「僕には何もありません」といきなり居直りだした内容に、本当に真面目なヤツなのか、それともやっぱり変なヤツなのか…が分からなくなって、面接してみたくなった

ということを、おっしゃっていたんですよね。まあ、その元編集長も相当に変わった方なので(笑)、奇跡的な偶然と幸運が重なっただけだと思いますが、1つ1つに自分なりに真剣に向き合った結果が、大勝負での勝利に繋がったことは、いまでも本当に嬉しいし、全てにおいて妥協しなくて本当に良かった! と、心から思っています。


これから、アタクシと同じくパチスロライターを志して、アタクシと同じ大勝負に挑まれる方が、読者の皆様のなかにもいらっしゃるかもしれません。

アタクシのやり方が参考になるかは分かりませんが…というより、多分、参考にならないとは思いますが(苦笑)、

『努力の方向が合っているかどうかは別として、とにかく妥協せずに、自分に出来ることを全てやってみる!』

コレが、大勝負で悔いのない戦いを繰り広げるための、最大にして唯一の秘訣だと思います。もちろん、コレはそれ以外の大勝負についても言えることだと思いますけどね。


皆様のそれぞれの大勝負に、悔い無く幸多からんことを願いつつ、この特別コラムを締めくくらせて頂きます。

あの時の作文から一向に成長の兆しが見えぬ、アタクシの長々とした駄文に最後までお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました!