ゴト師との戦いもついに決着の時

シリーズ名
現役ホールマネージャーだけど、なんか聞きたいことある? (毎週日曜日更新)
話数
第8回
著者
アタマキタ
階段の下には、ハイエースにもたれかかって笑顔を振りまく田中がいた。鋭い緊張感が張りつめる空間におよそ不釣り合いな愛想の良さが、否応なしにそこに特殊な意味を与えている。すかさずその不穏な空気を感じ取ったタンクトップは踊り場で立ち止まったまま動けなくなってしまった。

「お疲れ様でした〜」

田中に負けず劣らずの精一杯の笑顔(多分に含まれていた不敵さは隠しようもなかったろうが)から軽やかに流れる俺の挨拶は、"一仕事終えた"ということを、明快にタンクトップに伝えたはずだ。そして奴の心に暗示的な意味をもって響いたようである。

なぜなら、タンクトップの身体をかわして階段を上がろうとすると、唸り声とも嗚咽とも取れる響きが耳に伝わって来たとともに、冷たく震える手が俺の左腕を掴んでいたからだ。

振り返れば、先ほどの会議室で虚勢を張っていた人間とはまるで別人のような衰弱しきった男が、呆然として俺に哀願の視線を向けている。しかしここで憐れみを与えることなく、俺はこの手を振りほどいた。


階段を一段、そしてまた一段上がった。扉はもう目の前である。しかしそこで歩みを止め、ゆっくりと振り返った。

「どうかされましたか?」

タンクトップは上手く言葉が出てこないのか、俺を見つめるばかりである。

「何もなければこれで…」

そう言って背を向けようかというその時、背後から放たれたか細い声が俺に耳に届く。

「やり方を話せばちゃんと帰してくれるんだろうな?」

文字面だけみればまだまだ強気ではあるが、この時の声色とのギャップは自分の筆力では正確な描写は難しい。しかしこの反応から、奴が落ちたことを明確に知ることとなる。笑顔で頷いた。

会議室に戻って奴をゆっくりと椅子に導くと、これで俺の仕事は終わりである。後のことは主任がやってくれる手筈だ。俺は会議室の扉を閉め、席を外した。


「さて、一服しようか」

緊張感が解けたせいもあるだろうが、しばらくぶりのタバコがこの上なく美味い。身体を巡るニコチンがゆっくりと心を鎮めていくのを感じながら深く煙を吐き出し、たゆたう煙をぼんやりと見つめる。

お客さんに楽しんでもらうことがこの仕事の醍醐味ではあるが、こういう面倒な仕事も避けられないという現実がある。因果な商売だなぁなどと嘆きつつ、近くにいたもう一人の主任にある所に連絡しておくように伝えた。


一服終えると、今度はコーヒーを淹れることにした。給湯室へ向かい、買って来たばかりの豆をミルで挽き、フィルターの上に挽きたてのコーヒーをセットする。ポットから立ち上る湯気にささやかな幸福を感じながらお湯を回し入れると、挽きたてのコーヒーがぷっくりと膨らみ、みすぼらしい給湯室は豊潤な香りに満たされている。

ゆっくりドリップしたコーヒーをカップに注ぎ入れた。コーヒーは二杯分、俺とタンクトップの分である。


そろそろ頃合いだろうと、淹れたてのコーヒーを手に、主任とタンクトップがいる会議室へ入った。マグカップを差し出し、「飲みなよ」と声をかけると、奴は少し嬉しそうな顔をしてコーヒーをすすり始めた。

その姿を見て事が問題なく進んだことは理解したが、念のため主任がタンクトップに書かせた書類を確認していく。





誓約書

株式会社 ××××商事
代表取締役社長△△△△殿

わたくし○○○○は、 平成〇年〇月〇日〇時頃、御社の経営するパチンコ店にゴト行為を働く目的で入店しました。

ゴト師仲間の□□□□と二人で、パチスロ吉宗のA番台とB番台の二台に座りゴト行為を実施、詳細は以下の通りです。

まずわたくし○○○○が遊技台を決め席に座ると、仲間の□□□□を隣に座るように誘導しました。そして私は1000円分のコインを購入し遊技を始めました。するとすぐに仲間の□□□□が横に座り、ビッグボーナスを出し、コインを詐取する目的で貴店では禁止されているヒモ付きの体感器を使用しました。

通常であれば、体感器を所持している者が、着席している台で体感器を使用してタイミングを計りビッグボーナスを引き寄せます。しかし今回は分かりにくくするため、体感器を持った□□□□は座った台では打たずに、隣の台で遊技していたわたくしの台に体感器をセットさせ、6200枚のコインを取得しました。

その後この行為が店の人間に気付かれたのではないかと思い、コインを景品に変えて逃げようとしていたところ、店員に引き留められました。

今後このような事は一切いたしません。また御社の経営する系列店舗を含め、今後一切出入りしない事を誓約致します。このたびの件は、誠に申し訳ございませんでした。


上記のとおり誓約いたします。

住所
××××××

電話番号
××××××

氏名
○○○○





作成された書類は満足いく内容であった。俺はテーブルの上に朱肉を差し出し、その脇にこの書類を添えた。

そしてこの内容に間違いがないか念を押し、タンクトップが頷くのを確認すると、名前の上に拇印を押すように促した。


朱肉を拭うようにとティッシュを渡すと、奴は少し恐縮した様子で頭を下げてきた。ちょっと前まで虚勢を張っていたのを思うとまるで別人ではないか。

「このたびは大変申し訳ございませんでした」

そう言って深々と頭を下げると、タンクトップはそのままの姿勢を保ち続けている。憐れに思い、俺がゆっくりと体を起こしてみると、奴は涙ぐんでいた。本気で反省しているのかもしれない。

「良く勇気をもって話してくれましたね。ありがとうございました」

タンクトップはまた丁寧に頭を下げた。そしてこう切り出した。

「それではこれで帰ってもよろしいでしょうか?」

俺はちらりと時計を見た。会議室に戻ってから30分が経過する頃であることを確認し、テーブルに置いてあった景品(換金もの)を奴に手渡し、念を押した。

「もうゴト行為などはしないで下さいね」

タンクトップは立ち上がると再び深々と頭を下げて一礼。そしてこちらに背中を向けて歩を進める。俺はその後姿をじっと見ていたが、多少の憐みを感じて一瞬感傷に浸ってしまった。


タンクトップは晴れて外へ出ようと会議室の扉を開けた…のだが、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。

なぜなら、制服を着た交番勤務の若い警察官2名、所轄の生活安全課保安係の刑事が1名、そしてもう一人、ハイテク犯罪知能犯係の刑事が行く手に立ちはだかっていたからだ。


ここで旧知の保安係の刑事が話しかけてきた。

「アタマキタ店長!こいつが何か悪さでもしたのかい?」

「お疲れ様です。こいつはゴト師なんですが、内容に関しては、自筆の供述内容がここにあるのでご確認下さい」

俺はそう言いながら、先ほどタンクトップが拇印をした誓約書を警察官に手渡した。このやり取りを見てタンクトップは急激に怒りの様相を呈していく。

「お前! 騙しやがったな!」

鬼の形相でこちらを睨み付けて怒鳴り散らしていたが、俺は奴の顔を見据えてはっきりとした口調で答えた。

「いや。騙したのではない。気が変わったんだよ」

これが俺とタンクトップの交わした最後の言葉となった。その後、警察官に引きずられるように体を抱えられてパトカーの中に姿を消していった。



さて、みんなの言いたいことは分かっているよ。脅しが行き過ぎだと、タンクトップを裏切った俺は卑怯者だということだろう。

確かにそうかもしれない。しかし俺は、ゴト師に対してはルールなど無用だと思っている(もちろん暴力や犯罪はNGだが)。何といってもこの世で一番嫌いな生き物がゴト師なのだからしょうがない。アイツらは、大事なパチンコファンの利益を貪る招かれざる客だ。だからどんな事をしてでも捕まえて懲役刑を喰らわせてやろうと常に思っている。多少のリスクを負ってでも…。

もちろん警察官が来たのはたまたまではない。給湯室で一服している時に、主任に指示して30分後に来てくれるように所轄に通報してもらっている。そう、最初からこいつに逃げ道など存在しなかったわけだ。

俺が奴に対して優しくしたりコーヒーを出したりしたのは、刑務所にブチ込まれる前に少しは優しくしてやろうという小さな慈悲に過ぎない。


ちなみに、文中に出てくる白いハイエースの男「田中」の正体だが…。

彼はホールの納品業者で、雑貨を扱う問屋さんだ。月水金土の週4日間は、納品や補充業務で2時間ほどホールで作業をしていく。荷物を一杯積んで1日数軒を営業で回っていくのだが、だいたい同じ時間に「白いハイエース」でやってくる。そして、来店されるお客様の邪魔にならないよう、いつものように螺旋階段の脇に駐車するのである。

ふとそんな事を思い出し、ネタとして使わせてもらった。もちろん、パチンコ店がゴト師を捕まえ人身売買などしている…なんていうことはない。それだけは、声を高らかに言っておこうか。
(終)



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