ゴト師との戦いは最終局面で流血騒ぎ

シリーズ名
現役ホールマネージャーだけど、なんか聞きたいことある? (毎週日曜日更新)
話数
第7回
著者
アタマキタ
タンクトップは俺が投げかけた懐柔策に心が揺らいでいるはずだ。そしてしばらくの無言を経て、こちらが求めるものを提供するに違いない。相変わらず会議室には緊張感が漲っていたが、解決はもう目前だということを疑ってはいなかった。

あとは、タンクトップがしゃべる勇気を持てるだけの十分な時間を与えればよいと楽観視していたが、もし奴の心の中に「持久戦」という言葉があったとすれば厄介である。いつまでもここに置いておくわけにはいかないし、いつかは解放しなければならないからだ。

それに万が一そうなった場合、ゴト師に逃げ切られたという話では済まないだろう。警察に駆け込まれでもしたら、名誉毀損どころか監禁容疑までついて、こちらが懲役を喰らう可能性だってゼロではない。

そういう意味では全てがギリギリだったし、自分の中にもかなりの緊張感があったのは事実である。しかしそんなプレッシャーからももうすぐ解放されるだろう。


時は夕刻を迎えようとしていた。窓から差し込む西日が余りにも強かったため、ブラインドを閉めようと俺は席を立った。

その瞬間、タンクトップはいきなり立ち上がり、椅子を踏み台にして机を飛び越えた。正面の会議室のドアめがけてダッシュをかまし、強行突破を図ろうとしたのだ!

俺は一瞬何が起こったか分からず動転したが、そばにいた2人の主任が奴に飛び掛かり、すぐにタンクトップを制圧した。とりあえず最悪の事態は避けられたが、落ちるまでただ待つだけだと侮っていた自分とは違い、こいつが逃げることを諦めていなかったことに少なくない衝撃を受けた。


タンクトップは、会議室の床に抑えこまれながらも絶えず激しく喚き、かなりの興奮状態にある。俺は制圧している主任2人に、奴から手を離せと伝え、そして寝そべっているタンクトップのそばへ向かう。

すると、まずい事態になっていることに気がついた。タンクトップは興奮していて気がついてないのだろうが、このもみ合いの煽りでどこかを怪我したようなのだ。わずかではあるが、床に数箇所、血の跡が見える…。

これが頭部からの流血となれば不可抗力といえども一大事である。出血箇所と状況によっては命に関わるやも知れず、見て見ぬ振りはできまい。俺は冷静にタンクトップの頭と体を見回し、ほどなくして出血個所を探しあてた。

すると…恐れていた後頭部からの出血のようだった。しかし、どうやら最悪の事態は避けられたようで、かすり傷程度のものに見える。流血というほどのものではないようだ。


本来であればタオルを差し出し、病院に連れて行くなり止血するなりの判断をするところだろうが、非情かも知れないが、俺の頭の中にあったのはこの膠着状態をどうすれば突破できるだろうか? ということであった。

いくら激しい流血ではないにせよ、さすがにゆっくりと構えているような状況ではない。それに、このまま新たな証拠を取れずに帰すようなことになれば、暴行傷害まで取られる可能性もあるだろう…。


俺は優しく奴を抱え、ゆっくりと椅子に座らせた。そして今度は横に座り、話しかける。

「お前、なんで逃げようとしたんだよ? これじゃゴトをやったと認めてるようなもんじゃないか。もう素直にやり方を紙に書けよ。そうしたらすぐに帰れるんだから」

しかし俺の言葉はこいつの耳には届いていないのかも知れない。タンクトップは下を向きながら、聞き取れない声量でひたすらブツブツ言い続けている。

俺はたまりかね、「言いたいことがあるならはっきりと大きな声で喋れ」と促すと、奴は急に俺を睨みつけて叫びだした。

「ふざけんなこの野郎! 俺は善意の第三者だ! てめーら後で全員ぶっ殺してやるからな!」

この言葉を聞いて、事態が振り出しに戻ったことを認めざるを得なかった。成り行きを楽観視していた自分の認識が甘かったことを思い知らされたのである。


こうなったら、本当に最後の賭けだ。

「分かったよ。どうやら置かれている状況も分からず元気なようだが、俺はもう諦めることにするよ。解放してやるよ」

その言葉を聞いて奴の顔に明かりが差した。そして勢いよく机の上の換金ものを掴み取って出て行こうとした。さらに俺に向かって「バーカ」とガキのような悪態をつき、薄ら笑いを浮かべながら会議室の出口に向かっていく。


しかし今度は俺が会議室のドアの前に立ち塞がった。

「まぁ慌てんなよ。お前みたいな元気な奴は使いみちがあるからな。迎えを寄こすから送ってもらえば良いだろう」

そう言っておもむろに携帯電話を取り出し…

「あーどうも。さっきのゴト師の件だけど、やっぱ駄目だったんだよね。それでこれからお引き取り願おうと思ってるんだけど、準備ってできてる? …あ、そう。じゃあいつものように裏に白いハイエースを停めておいてよ。5分後くらいで大丈夫? はい、それじゃああとは任せるんでよろしく」

みるみるうちに奴の顔色が変わっていった。その様子を観察しながらも、しばし無言の駆け引きを続け、その後、俺が口火を切った。

「今から5分後に下にハイエースが停まる。お前みたいに元気な奴は喜ばれるからな」

そう笑いながら話す俺に、奴が焦った様子で話しかけてくる。

「何なんだよそれは。ハイエースって何だよ? もう帰れるんだろ!」

俺はタンクトップを無視し、主任に話しかける。

「裏階段の鍵を開けてくれ。それからカメラの電源をオフにして録画も止めておこうか。下にハイエースが来たかも確認してくれよな」

はい、という返事と共に主任2人が機敏に動いた。


そしてしばらくして連絡が入ると、俺はゆっくりと会議室の扉を開き、奴に告げた。

「どうぞ、お気をつけてお帰り下さい」

主任たちが裏の螺旋階段の扉を開けて待っている。俺は出口へ向かうタンクトップの後姿を見つめていた。後頭部の流血箇所の髪の毛が血で固まっているのが見えた。とりあえず出血はすっかり止まっている。


一歩ずつ出口の裏階段へ向かうタンクトップの背後に、間隔を開けずに俺が張り付いた。そして錆びついた裏階段の踊り場に主任と俺とタンクトップの3人が出ると、下で田中が待機しているのが目に入った。

そして向こうもこちらに気付き、「お疲れ様です!」と明るく元気な声で挨拶を投げかける。そして階段の下の駐車場には、エンジンの掛かった大型の白いハイエース。


主任は遠くから田中に軽く会釈をし、階段を一歩ずつ下がっていった。それにタンクトップが続くかと思ったら、ぴったりと奴の動きが止まってしまったのだ。俺は背後から話しかけた。

「帰るんだろ? ほら、行けよ!」

この言葉に反応する余裕などなく、その場で立ちすくんでいるようだ。体が小刻みに震えているのが分かる。


このままではらちがあかないと判断し、俺はタンクトップの前方に回り込んで奴に告げた。

「じゃあ俺らはここで、お疲れ様でした」

そう言ってその場を立ち去ろうとした瞬間だった。タンクトップの悲鳴とも、唸り声とも言えるものが聞こえてきた。
(続く)