ゴト師との戦いで経験と勘で見えてきた

シリーズ名
現役ホールマネージャーだけど、なんか聞きたいことある? (毎週日曜日更新)
話数
第4回
著者
アタマキタ
俺はビルの物陰に隠れている。ゆっくりと呼吸を整え、ノースリーブが店を出てこちらに近付いて来るのを待っていた。

ゴト師ではないかという強い疑いはあるものの、その気持ちが前面に出過ぎれば相手の警戒心を高めてしまうだろうし、最悪、逃げられてしまうかもしれない。そればかりか、この見切り発車な状況を考えると、大きなトラブルを抱えるという可能性すらある。ここは慎重にならざるを得ない場面だ。

また、ネタが見つかっていない現状では、仮に捕まえたとしてもタンクトップが口を割らないということだって考えられる。いや、むしろその可能性は高いだろう。

そうなると、むこうは名誉棄損だなんだと糾弾してくるに違いない。事務所に連れ込めば監禁罪だと喚くだろう。ちょっとでも触れれば暴行だと騒ぐやもしれない。


今回のように、証拠のない状況であれば目を瞑るのが正しい対応…というかリスク管理的にはそうすべきなのだろう。せめて警告を与えて自店に来ないように釘を差す程度のことがせいぜいかもしれない。しかしこのまま奴を逃がせば、間違いなく他の店舗で悪さをするはずであり、それは許しがたいものであった。

もうこうなると経験値がモノを言う…ということになるのかもしれない。究極的には自分の勘に頼るしかないのだが、奴と目が合った時に感じた瞳の奥に宿る警戒心、それは自分の経験から言って間違いなくゴト師のそれである。もちろん吉宗の怪しい挙動がそれを裏付けている。


ほどなくして、ターゲットが景品を抱えて店から出て来た。すかさず俺は相手の前に立ちはだかる。

怪訝そうにこちらを窺うノースリーブに対し、俺は笑顔で問いかけた。

「お客様、ちょっとよろしいですか? 先ほど遊ばれていた吉宗についてお聞きしたいことがあるのですが…」

奴の顔の神経が緊張の度合いを高めていく。

「はあ? 悪いけど、忙しいから」

そう言うや否や俺をかわして交換所へ向かおうとしたが、後ろに控えていた主任が行く手を阻むと、「てめぇ何だよ!!」と威嚇モードに突入である。しかしここで相手の調子に合わせてはいけない。

「いや、大したことはないんですよ? ちょっとお話を聞かせてもらうだけなんで、お時間良いですかね?」

しかしタンクトップも引かず、「ふざけんな!」と色をなした。

すると、ただならぬ様子に気付いたのか、店内にいた白シャツの役職者が何人か出てきて奴を取り囲むように立った。

さすがにこれで逃げられないと思ったのか、俺を睨みながら「分かったよ!」と威勢を張っている。これでようやく2階の事務所へと場所を移すことができた。第一段階は成功といったところだろう。


ちなみに、なぜ店内で捕まえなかったかというと、それには当然理由がある。万引き事案などと同じで、景品を持ったまま表に出て初めて窃盗罪が適用されるということだ。

機械に何らかの影響を与えたり壊したりすれば器物破損などの罪に問われるし、そのような状況でカウンターで景品に交換すれば詐欺罪が適応されるだろう。ここまででも良いのだが、念のため窃盗罪まで担保したということである。つまり、より罪を重くするために、わざわざ表で待っていたのだ。まぁその判断ができる程度には冷静であったと言えるのかもしれない。


さて、我々とタンクトップは店の2階に上がり、8畳程度の狭い会議室に場所を移した。もちろん、会議室の扉は開け放たれたままである。もしここで扉を閉めてしまえば、最悪の場合、監禁罪に問われる可能性があるからだ。

俺とタンクトップは長テーブルを挟んで向き合い、お互い折り畳みのパイプ椅子に腰を下ろす。その瞬間、俺は先程までの穏やかな口調を捨て去った。

「おい、何でここに呼ばれたか分かってるよな?」

タンクトップは黙っている。じっと壁を見つめているようだった。

「おたくの打っていた台の履歴を見たんだが、どうも様子がおかしいんだわ。それと、通常時の小役の揃い方がな、ボーナス終了後から跳ね上がってるんだよ。これはつまり…」

そこまで言って、俺は一瞬口ごもった。ゴトだという確信はあるが、相変わらず証拠はないままである。

「これはつまり…道具を使っているということが明らかだ」

言い終えるなり奴はせせら笑うように答えた。内心ホッとしていたのかもしれない。この程度の詰問は奴にとって想定の範囲内のものだったということなのだろう。

「あ? この店は客を呼びつけといていきなり犯罪者扱いかよ? 何を根拠に言ってるか分からねえけどよ、その"道具"とやらをここに出して見ろってんだよ! どこにそんなもんがあるっつーんだ!」

この強い口調と自信を深めた顔つきに怯んだわけではないが、こいつはかなり手慣れているなとは思わされた。間髪入れずに更なる怒りをまき散らしていく。

「お前! ここまでしておいてただで済むと思うなよ? ふざけんじゃねぇぞ! やるってんなら身体検査でも何でもしてやるぜ! さっさと調べろよ!」

そう言って椅子から立ち上がると、両手を真横に広げたまま激しく挑発を繰り返す。

「おいお前! 早く調べろよ! 何も出て来なかったら、名誉棄損で銭ふんだくってやるからな! さっさと調べろ!」

身体検査をしたところで意味はない。こいつがネタを持っていないことくらい始めから分かっている。何せノースリーブたかタンクトップだかは分からないが、道具を隠す場所などないのだ。


ここで俺は自分の状況が不利になっていくのを感じ、正直に言えば、"マズい"と思い始めていた。ここまでの敵の反応は想定内だったが、ここに留め置いたままでは埒が明かない。俺は奴のツラをずっと睨み付けていたが、その不安を表に出さないように必死でもあった。

もちろん事務所に連れて来ればすぐに落ちる…とまで楽観していたわけではないが、まぁどうにかなるだろうと思っていた節はある。それに最後のツメまでは考えていなかった。隠し玉があるわけでもない。

このまま手を打たなければ自分の負けになる…。押し切られて景品を奪われるどころか、こいつに"前"がなければ、最悪、警察に通報されるだろう。そうなれば今度は自分が厄介な立場に立たされてしまう。

吠え続けるタンクトップの身体検査を主任に任せ、俺は次の一手をどう繰り出すべきか頭をフル回転させて考えていた。


ちょうどその時、会議室にバイトが入ってきた。場の重い雰囲気を感じてか、申し訳なさそうに主任に話しかけるのである。

「あの…すみません、主任。吉宗コーナーなんですけど、いまお客様で打ちたという人が待っているんですけど、開放しても良いでしょうか?」

主任が慌ててバイトに答える。

「整備中の札をかけて電源を落としている台はゴトをやられた可能性がある台だから開放したら駄目だよ」

「それは分かっています。そうじゃなくて、その隣の…少量のコインをずっと置いてある台があるんですが、呼び出しをしても戻られないので、そちらは開放しても大丈夫なのかなと思いまして…」

主任が「まぁそっちは大丈夫だろ?」と言った瞬間、何かが引っかかった。


(ん? 隣の台を打っていた客が帰って来ない?)


頭の中でこの言葉を反芻すると…このゴトの正体が手に取るように見えてきた。俺の勘が正しければ、これは間違いなく体感器ゴトだ!

それにしても何でここに気が付かなかったんだろう? 俺は慌ててバイトを制し、会議室を飛び出してモニターの前に座った。そしてすかさず録画を巻き戻し、該当のシーンを見てみると…そこには俺が完全に見逃していたものが映っていたのである。

これで何とかノースリーブ野郎の首根っこを掴めるかも知れない…。
(つづく)