初めて打ったスロットは後から調べたところ、2号機と呼ばれる規定の台だったようです。
それはウィンクルという台で、メーカーは高砂電器産業だったかな?
あぁ懐かしい。
全てはここから始まったのでした。
この2号機ですけど、ここからスロットは現在と同じで完全確率方式になったそうで。
それ以前は吸い込み式だったとか。
打ってないので知りませんけど。
これは要はパチンコと同じ仕組みです。
1回転ごとに乱数を拾って抽選する方式です。
まぁたまにそうとは思えないくらいハマりますけどねぇ…
この2号機では今では当たり前のリプレイがまだ無かったんです。
BETボタンも1BETボタンだけ。
当然3枚掛けするにはそれを3回押します。
ペペペッという感じです。
今でもついやっちゃいますよ、このペペペッて。
まぁ当時はこれが当たり前だったので、今でもMAXBETボタンには違和感がありますわ。
そんな人も多くないです?
絶対に俺だけではないはず(笑)
また、今では1BETで全ライン有効なんて台があったりしますが、当時はどの台も1BETで1ライン、2BETで3ライン、3BETで5ライン。
もちろん3BET専用台なんてものはあるはずもなく。
この頃は友達とビッグパルサーやウィンクル、センチュリー21なんかをよく打った記憶がありますね。
ボーナス中の音楽とか今でも覚えてますよ。
当然全部Aタイプです。
というか、Aタイプが9割で他が1割くらいの割合だったかと。
正にAタイプ全盛期。
今ATやARTが流行ってるのと同じです。
この当時はそんなの無かったので。
このAタイプは今でいうとジャグラーみたいなもんです。
ビッグボーナスで約350枚、レギュラーなら約100枚出るだけで、連チャンもラッシュも一切何もありません。
だってリプレイさえ無かったんだから。
本当にシンプル。
お店自体も今とは違って、今は1台1台にサンドがあるのが当たり前じゃないですか、でも当時はシマの端にあるコイン貸し機で両手いっぱいにコインを借りて走って台に戻って、なんてことをしなくちゃいけない店もあったんですよ(笑)

↑こんな感じで
今じゃ考えられないでしょ?
パチンコの方が先に1台1台にサンドが付いたと思います。
まだパチンコの方が圧倒的に多かったので。
スロットは本当にマイノリティでしたよ。
まだスロット専門店なんてものはなく、当時よく見た光景は、パチンコ店の隅っこの1シマや2シマだけがスロットという状態。
台の種類も3種類あればいい方で、1種類だけなんて店もありましたよ。
それが冒頭のウィンクルとの出会いだった訳ですが。
そうだよ、あの店ウィンクルしか置いてなかったんだよなぁ。